私の海外旅行紀

私の趣味の一つは海外旅行だ。以前、会社勤務をしていたころには商用のため何度もアメリカやヨーロッパに出張をした。でもプライベートの観光旅行はまた格別。

海外旅行の魅力は、もちろん、名所旧跡を訪ね、歴史や文化・文明の違いや自然の美しさや驚異を実感し、コンサート、オペラ、ミュージカル、美術館や博物館に行くことであるが、もう一つ、現地の人たちとのふれあいがある。街で道を尋ねたりした時のちょっとした会話、タクシードライバーとの会話、飛行機や列車に乗り合わせた人との会話、カウンターバーでの隣の人との会話そんなことがいまだに印象に残っているし、いろんな体験や冒険につながることもある。
                                          特別紀行:ジャズの街ニューオリンズを惜しむ

     昭和42年のモスクワ・サンクトペテルブルグ

まだ海外観光旅行が一般的でなかったころ、とにかく海外に行きたかった若者が初の体験をする。当時日本からヨーロッパに行くときによく使われていた経路の一つ、ナホトカまで客船で、そのあとシベリア鉄道でハバロフスクまで、モスクワまではターボジェット機、モスクワ・“レニングラード”間は寝台列車という、変化のある旅行。

「革命50周年記念」の準備を整える赤の広場やクレムリンの内部を観光。モスクワ川に浮かぶレストラン船での食事、豪華な彫刻をほどこした地下鉄の駅の散策。レニングラードのエルミタージュ美術館や噴水宮殿、ネヴァ川に浮かぶオーロラ号などなどを思い出す。公園で知り合ったレニングラード大学の学生アレクセイ君、アメリカのジャズが好きでその後数年間文通をしていたがどうしているだろうか。

     昭和61年のパリ・ジュネーブ・ローマ

新婚旅行。紅葉したヴェルサイユ宮殿、震えるほど寒かったセーヌ川廻りのバトームーシュでのディナー、霧でまったく何も見えないモンブラン、コロッセオでおつりを騙されて「もうイタリアには来ない」と怒り心頭の奥さん(実はその後再びこの地を訪れることになるだが)。

     昭和62年のサンフランシスコ・ロサンジェルス

我が夫婦と今は亡き私の両親との4人の旅行。父77歳、母70歳のとき。フィッシャーマンズワーフでロブスターを頬張る父。大晦日の雑踏で危うく将棋倒しになりそうになった母を一瞬の判断で救い出してくれた騎馬警官。ディズニーランドでなんとスペースマウンテンに乗って、キャーキャー叫んでいた母。そんな母もすぐに誰かれとなく片言の英語で話しかけていた。

平成8年のイスタンブール・イズミール

東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルが15世紀オスマントルコ軍に破れ大イスラム国家が出現し、その後ヴェネツイア海軍、十字軍との戦いを経て、19世紀まで権勢をほしいままにした。アジアとヨーロッパの文化が交錯しあい、交通・軍事の要衝で独特の雰囲気をもたらす都市である。なぜか、トルコ人は日本人が大好きだ。日本人が歩いていると人懐こく話しかけてくるし、一緒に写真を撮ってほしいとよってくる中学生の女の子。私も、私もと人だかりになって恥ずかしいやら・・。(ちなみにカメラは彼女たちのもの。今頃、“日本人と一緒に”とかメモして私の写真が誰かの部屋に飾ってある?)

イズミールのエフェソスは、紀元前11世紀ごろから発達した都市遺跡で、その後エジプトのクレオパトラがなんと地中海を渡って訪問したことがある場所でもある。

この旅行は私のこれからの一連の興味・関心への前哨となった

     平成8年のカイロ・ルクソール・アスワン

5000年前の文明は、強烈な印象を与えた。早稲田大学の吉村作治先生などの主催するピラミッドクラブに参加しながら事前勉強をし、はやる心を抑えきれずに深夜のカイロ空港に一人降り立ったときには、身震いをおさえきれなかった。どこからとなく聞こえる独特のアラブの音楽、町中に流れるコーランの朗詠。遺跡の象形文字ヒエログリフ、ツタンカーメン王の仮面、もちろんピラミッドの巨大さ。アブシンベル神殿、ルクソール神殿、カルナック神殿、スフィンクス。枚挙することができないくらいの遺跡の数々。悠久のナイル川を4泊5日の時を忘れた船旅。この豊かな文明の行く末とその周辺地域との関係に私は大いなる関心を深める。

モスクの中で祈りをささげるエジプト人が私にひそかに身振りで(裸足で上がるジュータンのことを・・。)「くさい」と言った姿は、何か滑稽。

平成10年のラスヴェガス・ロサンジェルス

娘と親父との二人のアメリカ行き。初めての外国旅行で、小学4年の娘は興奮していた。父とのいろいろな思い出、しっかり彼女の心の中に刻まれたのではないかとバカな親父は満足、満足。

静電気に悩ませられるのもアメリカ。ホテルで娘がエレベーターのボタンを押してびりっ!ご婦人に笑われて、そこからいろんな会話に発展。

・平成12年のウィーン・ヴェネチア

ハプスブルグ家の根拠地であったウィーンを訪れ、そのついでに小さな飛行機で約1時間のヴェネチアにも足を伸ばした。

ベートーベンゆかりの地、ヨハンシュトラウスのしらべの流れる美しい町並み、シェーンブルン宮殿のコンサート、大通りでパフォーマンスをする若いヴァイオリニストやオペラ歌手、そして国立オペラ劇場の「マクベス」とすっかり音楽の都を満喫。王宮や博物館めぐりをし、オスマントルコとの戦いの歴史を探る。

有名レストランの順番待ちをしていたときに日本からの小物を渡したら、お前のための席があるよとさっと入れてくれたおじいさん。文句をいう後ろの人にたじろぎもせず反論。

ヴェネチア行きは、海軍博物館に行くのが大きな目的だった。地中海をわがもの顔に駆け巡ったヴェネチア海軍の造船所、造船技術書、軍艦の部品や模型、武器、海図、海戦の布陣図や絵画、ドージェ(総督)の肖像画などをくまなく見て歩く。おりしも嵐のような日で展示室の見張りのおばさん、こんな日にようこそとよもやま話し。

・平成14年のローマ・ヴェネチア・フィレンツエ・ミラノ

二人の子供達といっしょの家族旅行が実現した。ミラノのドゥオーモ(大聖堂)でのクリスマスの日の朝の荘厳なミサは、忘れることができない印象深いものであった。サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の最後の晩餐やサンピエトロ寺院の壮大さに感激する一方、クリスマスの日は、全てのレストラン(ホテルでさえも)やお店がお休みで大弱り。前日スーパーで買ってきたクリスマス用のスポンジケーキを手づかみでむしゃむしゃ。人が群がるイスラム系のBARはちょっと怖そうで、やっと探しあてたファーストフード店でピザを買い求めて・・。こんなことも今では、楽しい思い出。

・平成15年のラスベガス

   ラスベガスでゴルフをしようと岩崎建設の岩崎社長らと意気投合。12月の忙しい時期にもかかわらず出かけた。ゴルフももちろん楽しかったけど、勝ち負けは別として(?)何よりもギャンブル。それに各ホテルでの豪華絢爛の有料、無料のショー。グランドキャニオンの壮大さにも改めて驚嘆。


・平成16年の北京・西安


  また、家族旅行が出来たことを本当に幸せに思っている。
 唐時代までの中国の古都「西安」では、秦の始皇帝の陵墓近くにある兵馬庸に驚き。楊貴妃と玄宗皇帝の過ごした華清池、空海が修行した青龍寺、それになにより膨大な石碑を集めた碑林は書に関心のある人には感激の場所。シルクロードの玄関として、果てしなくつながる砂漠とその先のイスラム諸国、ヨーロッパへの夢の出発点、昔の「長安」は、わが国ともゆかりの地で、感慨ひとしお。
 北京では、もちろん万里の長城や宗以後ラストエンペラーまでの皇帝の居城であった紫禁殿の規模の大きさや豪華さに驚嘆した。しかし、今世界中で最も変化・改革・発展している国、中国を象徴するのが建設ラッシュ。高層ビルが立ち並び、高速道路が建設され、市内の道路が拡張・整備されていく。その底力を見せ付けるように。
  やはり、日本の歴史・文化・芸術・伝統を理解するためにも、行ってよかったなー、子どもたちも何かを得てくれただろうと思うのは親だけかな。


平成17年の香港

  娘が中二のときと高一のときにそれぞれ同じ年齢の学生のホームステイを受け入れた。偶然にも二回とも香港からの女子学生だった。娘が二人を訪ねて見たいと言うのでお供を買って出た。娘は一人の子の家に泊めてもらって現地での生活を楽しんだ。もう一人の子の家族とも会いドライブを楽しみ、豪華な海鮮料理をご馳走してもらった。英語での会話で本当のニュアンスが伝わらないのにはストレスを感じたようでそれもまた良い経験かなと父親。私は、一人で町をぶらぶらしたり、マカオに足をのばしたりしていたが。
  帰国間もなく、たまたま靖国問題などに端を発する反日デモがあり、向こうの親といろいろメールで話をした。
  感じたこと:@香港は、中国であり、香港人は中国人であること。そして、日本人は、アジア人であること。
         A日本が侵略戦争をして、それについては彼らは絶対に許さないこと。しかし、そのことを別にして友好と平和を望んでいること。


・平成17年の韓国釜山

  坂田英吉さんと、2泊3日の韓国料理のグルメ旅行。とにかく食べた、食べた。サンゲタン、蛸、焼肉、ふぐさし、ふぐ鍋、ひらめさしみ、ひらめ鍋、・・をたらふく。こち醤や唐辛子の辛さは食べているうちに慣れてくる、ひょっとすると"はまる”かもしれない。
  帰りに恐る恐る買ってきた、唐辛子入りチョコレートが大評判だったのもご愛嬌。

・平成19年パリ一人旅

 
久しぶりの海外旅行。11月8日からパリオペラ通りをちょっと入ったところのプチホテル ルーブルマルソリエオペラに滞在して美術館めぐり。
ユーロ高、物価高、19.6%の消費税でけちけち旅行を余儀なくされた。ただし一点豪華のホテルリッツのレストラン レスパドンのディナーは素晴らしかった。

http://www.ritzparis.com/home_ritz/home_ritz.asp?show_all=1


終わりに:

人は、偉大なことを成し遂げた一方、とてつもなく馬鹿げたことをしてきた。旅行は私たちにこんなことを教えてくれる。

外国人(私)に道を尋ねられて、真っ赤になって一所懸命に答えてくれるアメリカ人、日本語勉強中という若者が、私より日本のことを良く知っていたり・・。人間の営みを見ること、いろいろな人との出会いが大好きだ。

また、次の旅行の準備にとりかかっている